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ハクシュ/その6−3


大雑把な自己紹介によると。
ゆかりのいた道場で3ヶ月だけ護身術を習った。
一般部にまざっていた小学生に興味を持って、ゆかりに声をかけたら綾那にボコられた。
海外留学していて、最近帰ってきた。
ヒントになるのは最後の一つくらいか。

「あたし、会ったことありましたっけ?」
「ないよ?」
「です、よね…」

それでも、よく知っている。
とてもよく知っている。

酔い覚ましと出されていたペットボトルの水がすっかりぬるくなっても、順はまだ思い出せずにいた。
本人を前に腕組みをして、必死に思い出そうとしていた。

「最近は顔出す仕事してないからね。撮るほうが多いし。」
「はあ…」

つまり、なにか顔を見る機会のある仕事をしてみえた。
年齢を考えるにグラビア系の人ではなくて。
でも、見たことがある。
むしろ、好きだった気がする。
なんだったか忘れたけど。
最近じゃない、けっこう前。
写真じゃなくて、映像?

「えーっと…?」

ひたすら思いつく限りの媒体に思考をめぐらせるが、まだまだひっかかってくるものがない。
その様子を面白そうに眺めている人は、歳は30半ばかそれ過ぎ、知り合う機会はなさそうだ。

「降参!」
「もういいの?」

両手を挙げて、敗北を宣言した瞬間。
まるでいたずらっ子のように笑ったその表情に一気に記憶がよみがえった。

「思い出した!大石菜月だ!! えーっと、今は、監督の高遠美和だ!」
「正解。本名は美和子だけどね」

思わず指差して叫んでしまった順に嬉しそうに笑って見せた。

「女優は引退したの?」
「してないよ? 撮るほうが面白かったからそうしてただけ」
「持ってる持ってる。好きだった!」

腕を解いて足を崩して、身を乗り出して順は言った。
持ってたら、まずいだろう。
ついでに嬉しそうに報告しちゃってもまずいだろう。
学業を理由に休業中ということになっているその人の職業は、AV女優だった。