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ハクシュ/その7

ほんとうに日常の些細なことを、これ以上ないくらい嬉しそうに話す。
全身全霊 命かけてますというのはこういうのを言うに違いない。
相槌を打つのも億劫で最近は見向きもしないのに、懲りずにいつでも気が済むまで話し続ける。
ちらりと見やると案の定、こちらのことなどまったく気に留めていない。
聞いてほしいわけではないらしいことを確認して、また、テレビの画面に目を戻す。
本人はまったく気付いていないけれど、声のトーンが違う。
妙に高くて幼くなる。
以前はその変化にイラついていたのに、これが地声ならあんなもんかと納得してから気にならなくなった。
聞きなれた低めの声からは想像できなかった。
できなかったというか、していなかったというか。状況を忘れて、感心した。感心した勢いで「いい声だ」と褒めたら、今この瞬間だって忘れてないだろうくらい根にもたれた。
言いたいことを言い終わって満足したらしい。
話題は収束に向っている。
そろそろてきとうでも相槌を打っておかないと、面倒なことになりそうだ。
そうはいっても、まったく聞いていなかったから何も思いつかない。
仕方がないから、おもむろに左手を伸ばして、額からなで上げるようにして前髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
普段目にしないくらい無防備に笑うものだから、手が止められなくなった。

「そろそろ痛い」
「あー、すまん」

手のやり場に困って額を軽く叩いてから引っ込めた。
拗ねた顔を作って睨んできたけれど、すぐにまた顔を崩した。
無防備さへの苛立ちも、そういえばいつから感じなくなったろう。

「でね、」

終わるはずのタイミングを自ら壊してしまったらしい。
妙に機嫌が良くなって、結局そのまま夜中まで順の惚気を聞かされた。


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