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断片/007

「契約をしよう」

順の言葉に綾那は右上がりの不機嫌な声しか返さなかった。
ゲームのコントローラを握っていなかったから、手元の雑誌を置いてきちんと順の顔を見た。
自分勝手で我侭だけれど、躾はいい。

「忍者だからさ、契約と履行がじんせいのすべてな訳よ」
「そりゃ命がけだな」

一番肝心なところが意思を持たない棒読みに聞こえのは聞き流すことにした。

「お前の仕事は静馬のお庭番だろうが」
「それは夕歩との約束でしょ。綾那はどするの」

そんなもの必要か?
問い詰めようかと思ったものの、聞きなおした方が厄介だと思い直した。
思いついたことを始めてしまうと、順は終わるまで引かない。相当に頑固な上、大体の場合やりすぎる。
大演説をぶちかまされて、喧嘩になるのはもっと面倒くさい。今は、殴り合いをしたい気分ではない。

さっさと話を終わらせて次のページのレビューが読みたい。

間の思考をすっ飛ばしてしまえば、ただそれだけ。
綾那は机の引き出しを開けた。
五合の酒瓶と猪口を出し、順の左手を取る。

「痛っ」

順の人差し指の腹を噛み切って、血を猪口に落とした。
自分の手のひらを歯で裂いて、同じく血を落とし、開けたばかりの酒で流した。

「仕事が終わったらここに帰って来い」
「終わらないよ?」
「だったら帰ってくるな」
「何それ」
「良いから飲め。血で誓え」

わけわかんないよと呟きながら、それでも順は一口含んで返してきた。
残りをあおって滴を払うと、服でぬぐってから酒瓶と猪口を引き出しに収めた。
綾那はテレビの前に戻ってきて、いつものようにベッドの柱に背中を預けた。
これでゆっくり本が読める。
当たり前のように綾那のベッドに上がって、順が雑誌のスクラップを始めてもとりあえずは見逃すことにした。
さっきまで開いていた場所へと、綾那はページを繰っていく。とにかく今は続きが読みたい。

「でもこれってさぁ」
「なんだ」
「義兄弟の契りだよね」
「なっ」
「あたしこんな手のかかる妹いらない」
「やかましいっ」

思わず投げつけてしまった雑誌を追って、綾那はベッドにあがった。
殴られるとでも思ったのか、順に手で制されて思わず拳が出た。
手が出ることが減ったとはいえ、順も元々はおとなしく沈む方ではない。
受け流されたことで綾那も目的を忘れて、結局とっくみあいになった。
小一時間暴れて順の頭に拳骨を落としたら気が済んだ。


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