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断片/009

快速電車を乗りついで、やってきた実家は
そう珍しくもない住宅地に建っているそう古くもない家で
ちょっと待ってろと呟いて入っていった綾那は
5分もせずに家から出てきた



天気輪の柱



「用事、終わった?」
順の問いに「まだ」と小さく答えて、綾那は駅に向かって歩き出した
「まだどこかいくの」
「墓参り」
「いいの?」
「構わん」
それからまた、電車を乗り継ぐこと2時間半
山に近いどちらかといえば順の在所を思わせるような田舎の駅で、綾那は降りた

入り口に積みあがったやかんをふたつ取って、めいいっぱい水を張った
坂をだいぶあがったところに、目的の墓はあったようで、ポケットにねじこんであったたわしで、黙々と石を磨いた
持ってあがった水で洗い流して、手を合わせ
「終わった」
ようやく順の顔を見て綾那は言った
「帰れる?」
南天を越えた日を見上げて、順が尋ねる
「今日のうちに、県またがれば、夜行快速にぎりぎり間に合う」
「…だったらさぁ…」
記憶に間違いがなければと順は付け加えたけれども、概ね自信はあった
「明日も使えるんでしょ、それ」
「ああ」
順が指差した切符に目を落とし、綾那は頷いた

日が暮れるまでかかってさらに山深くまで出向いて、順の記憶をたどって町を歩く
町と呼ぶより概ね村で、最近になってどこかの市に合併されて名前が変わったということを、駅前の表示で見た
「こんばんわー」
一番山に近い集落のはずれの一軒家を覗き込み、順が声を上げた
古い農家で、土間の奥に畳敷きの部屋が続いている
竈もあったが火を入れた形跡はなく、その横に流し台が据えつけてあった
「すみませーん」
言いながら、順は家へあがっていってしまう
あきれて見送ったら、しばらくして順の声が聞こえた
住人が奥の部屋にいたらしい
「あーやなー
 小屋の上、借りていいってー」
しばらくすると、毛布を抱えた順が勝手口から顔を出した

小屋の上といわれるまま、農機具用の倉庫のはしごを上がっていく
つまりは物置で、奥にわらが積んであった
「けっこー堅いよねー」
「説明しろ、ホントに知り合いなのか」
「知り合いっていうか、顔見知り?」
「は?」
「むっかーし父さんに山ん中に捨てられてさー
 たどり着いたらここだったのよー」
「…は?」
「ここのじいちゃん、いー人で
 その時も毛布と寝床貸してくれたの」
「マテマテマテ」
てきぱきと寝床を作って毛布を広げ、順は寝るばかりの状態だ
その首根っこを捕まえて、綾那は顔の高さまで引き上げた
「どーゆーオヤジなんだ、お前んとこはっ」
「あれ?言ってなかったっけ」
「何を」
「うち、代々続く静馬のお庭番」
「…ネタじゃなかったのか…」
「アンタじゃないんだから、そんなネタ振ったりしないわよー」
返す言葉を失って、綾那もようやく手を離した
「夜中にいーものが見れるから
 アンタんちのあたりだと、たぶん見えないでしょ」
「何の話?」
「いーからいーから おやすみー」
地べたで野宿するよりずっとマシと不穏なことを言いながら、順は毛布にくるまった

慣れないベッド…と呼んでいいものか…で眠りが浅く、順の動きにすぐに気付いた
「起きた?」
「あぁ」
「メガネ置いてった方がいいよ、暗いから」
「お前、見えるのか」
「来るときに、場所を覚えた」
そういって、手を引いた
どちらにしても、何も見えないのだからと言われるとおり眼鏡はかけないことにした
手を引かれるまま、はしごにたどり着き、倉庫へ降りる
迷わずに歩いていく順の後ろを時々躓きながら綾那は追った
倉庫の入り口を押して、順が辺りを確かめる
「うん、天気は上々」
辺りに明かりはまったくなく、細い月が上ったばかりで真っ暗だ
「足元ばっかり見てないでさ、上見てよ、上」
「う、え?」
言われるまま、上へ目を向けて、息を呑んだ
「…すっげ…」
煙ったような大きな流れが、山間から空へ上がって反対側の山へと伸びている
文字通り、満天の星に言葉が出ない
これほどの数の星を、見た覚えがない
「ねー、いいでしょー」
勝ち誇られて、思わず腹に一発入れてしまった
「それは認める」
蹲った順が、震える手で親指を一本立てて見せた

不意に、思い出した
見たことが、ある
星を見る余裕なんてなかったけれど
窓から見上げた空に伸びたもやは、はっきりと覚えていた
「こんなに、すごかったのか」
呟いた声に、順が反応した気が、空を見上げたまま目を合わせなかった
「寝る」
「満足した?」
「そうだ、な」
あの時は何が見えているのかわからず、ただ恐ろしかった
「悪くない」
「素直じゃないねー」
「上までの案内が必要なかったらこの場で〆るところだ」
「ぅわー 目がマジだよ」
「あたりまえだ」
顔を上げた順が大仰に怯えてみせる
「上に上がったら覚えてろ」
「あたしここで野宿しちゃだめかな」
「私を上に運んでからにしろ」
「ぅわー 勘弁してください」
「案内次第では考える」
「ご案内させていただきまする」
「ご苦労」
深々と頭を下げて差し出された順の両手の上に右手を乗せた
手を引かれて、扉をくぐる直前、綾那はもう一度空を振り返った
あの時見た小さな空は、胸が空く大きさを持っていた
いつか変わるのかもしれない
今、この空を見上げているように、何かが大きく変わる事があるのかもしれない
「天の川を天気輪の柱って書いたの誰だったっけかー」
手を取ってはしごに触れさせてくれた順が、言った



元ネタこの辺
http://www.yoroduya.nu/nicky/nicky200907.html#20090718A
本文は今おもいついたでっち上げ(笑)


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