Side T SS

SS/クロとシロ

ぱたり

音を立ててコマを返すと、すぐに綾那の手が伸びた。
素人でも三手先、それより上なら少なくても十手先を読むと聞いたのは何だったか。
どこまで読まれているのか、ちりちりとした不安が湧く。
白く変わっていく盤面にも焦燥感が募る。
思っているより、自分は負けず嫌いらしい。
最初のじゃんけんで勝ったからと浮かれている場合じゃない。

「…あ…」

小さく漏れた声に顔を上げると人差し指の付け根を噛むようにして、綾那が盤面を睨んでいた。

「怖いよ?」

言いながら、角から二個だけ黒を増やした。
綾那の表情は一層険しくなって

「あー、負けた!」

いきなり叫ばれて後ずさった。
どう見ても、自分が不利。真っ白すぎて悔しさも薄らぐ劣勢。

「え、え? どして?」
「わかってないの?」
「さっぱり」

両手を広げて見せると、綾那は呆れたようにため息を一つ。

「もう、ここしか置けないでしょ」
「うん」

パタパタとシロ

「そーすると、あんたはここしか置けない」
「そーだね」

ジワリと広がるクロ。

「私がここに置く、と」
「?」

首を傾げたら、頭を手のひらで叩かれた。

「手詰まり 私の負け」
「おお!」

素直に驚いた。

「あんたわかってなかったの?」
「まったく」
「うわ、損したー」

天井を仰いで唸っているところをみると、本気で勝ちにきていたらしい。
そこで手詰まりというのは、文字通り詰めの甘さが露見していて綾那らしいといえば綾那らしい。
完璧主義に見えて肝心なところが抜けている。言えば殴られるだろうから口にはしないけれど。

「そりゃ読めるわけないわ」

あーあとため息をつきながら、綾那は白のコマだけ集めていく。

「枚数なら綾那勝ってるし」
「それじゃ意味がない」

そういえば、この人も相当な負けず嫌いでした。

「いーじゃない 賭けてたわけじゃなし」

それも違う。
フォローになってないと気付いても、言ってしまったものは仕方がない。

「あんたが当てずっぽうなことばっかりするから」
「やったことないって言ったじゃん。将棋ならわかるけど」

つまりはビギナーズラックというやつで。
恨み言を言われても困ってしまう。

「挟み将棋と軍人将棋しか知らん」
「どっちでもいいよ」
「だったら初めからそう言え」

八つ当たりされてる気がしたけれど、黙っておくことにした。
さっさとコマを重ねてしまうとオセロの盤を脇に寄せて、綾那は立ち上がりもせずに自分の机の引き出しを漁り始めた。
一番下の引き出しの中に積み上がったゲームの底から、昭和レトロ感たっぷりの、陸軍将校の描かれた古びた箱を引っ張り出した。

「あ、軍人将棋はもう1人いるのか」
「夕歩呼ぼうか」
「わかるのか」
「審判頼んでたから、ルールはあたしより知ってる」
「夕歩が構わないなら呼べ」
「はいはい」

立ち上がりながら、余計な火をつけたなあと思わなかった訳ではない。

「今度は偶然じゃなくてちゃんと勝つからね」
「言ってろ」

玄関から振り返って見たら、将棋のコマを分けながら綾那は顔も上げずに笑っていた。


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