Side T SS

SS/青い日

目が、覚めた。
寝付けない。寝なおせない。
夜はまだ更けていて、物音も無い。人の気配が完全に消えた時刻。
珍しく何もせずに布団に入ったのが悪い。
明け方就寝、朝起床の習慣に習って3時間程度で目が覚めた。
すっかり冴えた頭と、ずっしりとした重みをもった気だるさ。
寝返りを打って、うつぶせになってから手のひらを顔の前に持ってきて指折り数えた。
…近い…よ、な
引きこもってからすっかり乱れてはいるけれど前触れからの日数はさすがにかわらない。
ただ、感情を置き去りにした体の反応だけは、いつも持て余す。

「…最悪…」

真上から聞こえる息と、わずかな衣擦れの音。
さすがに聞きつけたとは思わなかったが、息を詰めた。
動作の音が続かないことを確かめて、ゆっくり、長く息を吐いた。
一旦体を弛緩する。
自分の体に押しつぶされているだけのはずの胸からじんわりと感覚が湧いてくる。

…欲情というより、発情だよな…

毎度浮かぶ言葉を今回も考えながら、再び息を吐く。
枕の上の端に手をかけて、強く掴む。
ずっしりと下っ腹の一点に向かって、熱が集まっていくのがわかる。
動物としては、正しい。
毎月、そう思う。
今この時期に発情するのは、繁殖を考えるなら一番妥当だ。
理屈にかなった体の変化に、感心はする、一応。
何も知らなければ、ただよくわからない体の変化でしか、ない。
決まった時期に決まった条件のために篭る熱、それだけのもの。
実際、そうだった。
けれども。
それを知った経緯についてはいろいろ世間様の反論はあるかもしれないが。
知ってしまった以上、今の変化は明らかな発情。

今だけだ、今だけ…明日には楽になる…

掴んでいた枕を引き寄せて、両腕で抱きなおす。
長く息を吐いて、力を抜いたところで、背後に気配を感じて振り返った。

「ぅ、わゎっ」

思わず放ったフックはきちんと決まった。
決まったけれども振り切らせてくれなかった。
歯を食いしばって、そのまま受け止められてしまった。

「っった…どしたの?」

拳を握った手をつかんで、心配そうに覗き込まれた。
そういう痛み慣れはしてくれるな。ごまかしが利かなくて余計に焦る。

「な、にも、ない」
「大有りな顔してる」

この暗がりで、見えるのか。見えてるのか。
あぁもう、忍者ってやつは厄介な生業だな。
怒鳴りつけるなりしてやりたいが、それはこらえた。

「大丈…」

言い終わるより先に、順の手が頬に触れた。

「大丈夫? 熱いよ?」

熱を測ろうとしてだとはわかるが、不用意に首に手を当てられて体が竦んだ。
やばいと思ったときには遅かった。
体がざわりと騒いだ。感じたものが殺気の方がずっとましだった。
暗がりと逆光で見えなくてもわかる。
目の前の順は、もう、心配そうな顔などしていない。

「起こしてくれればよかったのに」
「誰が起こすかっ 寝ろ、今すぐっ」
「夜中に騒ぐのは感心しないなー」
「騒がせてるのはお前だっ」

見えはしないが安易に浮かんだにやけた顔に、枕を叩きつける。
それでもひるまずベッドへ上がってきた順を何度も枕で打っていたけれど、ひとしきり殴り続けてから諦めた。
大人しくなったことを確かめて、順は布団に潜り込み、いそいそとパジャマがわりのTシャツを脱がしにかかる。

「あー、もう お前、根性の使い道間違えてる」
「あんた相手だったら一番正しいと思うけどね」
「言ってろ」
「んで、どーしてほしーのかなー」

さすがに見える距離でにやにやと笑っている顔にもう一度拳を叩き込んでから、

「言われなきゃわからんのなら、さっさとどけ」

言いながら、順の首に腕を回した。


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