逮捕部屋
百の五。
夏を過ぎ、ようやく町が以前通りの喧騒を取り戻したころ。 ふと煙のにおいに気付いて河原を見下ろせば小さなたき火をしている男がいた。堤防の上からでも、傍らに2リットルのペットボトルを置いて、それなりの準備の上でしていることはわかる。けれど、その人物の足下で小さく焚かれているそれは、たき火というにはあまりにも小さかった。 あれじゃ、まるで… 特別な用事があったわけでもなく、そのまま堤防を自転車のまま滑り降りていく。 「こんにちわ」 声に気付いて見上げるとたき火の主はどうも、と小さく会釈を返した。 「たき火っすか」 「いや、…まあ、そんなものです。」 そういって、再び火に目を移し、何事もなかったように組まれた細木が朽ちていくのを見つめた。 傍らに自転車を止めて、そのそばに腰を下ろす。 上目遣いに突然の客を見やり、 「やっぱり、問題になりますか」 小さくつぶやいた。 「いえ」 答えながら、細く登っていく煙を追うように空を見上げた。 「送り火っすか」 「そうです。ちょっと、忙しくて時期をはずしましたが。」 空を見上げたまま、つぶやかれた言葉にごくごく自然にに相づちが帰ってきた。 時期をはずすにしても既にひと月以上経つ。いくら残暑厳しいとはいえ、ずいぶんと遅れている。 「形にこだわる人でしたから」 「そうみたいっすね。けど…」 「まぁ、すぐに戻ってきちゃうんですけどね」 継ごうとした言葉を遮るように、その答が返ってきた。 全てが燃え尽きてしまうのを確認すると傍らのペットボトルの水をかけて、立ち上がった。ペットボトルのフタをしながら、炭を踏み消し 「いつまでも甘えているわけにはいかないんですが。」 苦笑いしてつぶやいて見せたけれど、本心なのかどうかはつかみかねた。 「じゃ、今度はお店の方にでも遊びに来てください」 「え?」 少し遅れて立ち上がると頭の上から声が掛かった。 尋ねてみても答はなく、思ったよりも人懐こい表情で軽く会釈をすると、堤防を黙って上がっていってしまった。その背中が軽くゆすられ片手が不自然に持ち上がったとき、その首に腕を回す女性の姿が見えた。 「あぁ」 彼が何者なのか思い当たって声に出してみたけれど、おそらく今日のことを誰かに告げることはないだろう。 止めていた自転車のスタンドを外し堤防の上まで引いて上がると、終業時間に間に合うように走り出した。 <2003/02/24 00:01:12>